花咲爺の詩

旦那待望論

旦那さん.... 何と温かく頼もしい響きなんだろう

旦那さんの言源は梵語のダーナです

安らぎを与えてくれる人を呼ぶ愛の言葉がダーナです

ありし日  困ったとき  助けてくれた旦那さんがいた

      学びたいとき 励ましてくれた旦那さんがいた

      励んだとき  誉めてくれた旦那さんがいた

      怠けたとき  叱ってくれた旦那さんがいた

旦那さんは至る所に存在し そのゆくところ嬉しい ありがとうの言葉があふれていた

みんなの心に旦那さんが 住みついて想い出すたび 感謝の念がこみ上げて

幸せがあふれて来た

少年の頃  旦那さんは気の効いた小僧さんであった

      手代になろうと懸命に励んで 手代になった

      番頭さんになろうと懸命に励んで 番頭さんになった

      主人になろうと懸命に励んで 主人になった

      旦那になろうと懸命に励んで 旦那になった

気の効いた小僧さんが 懸命に励んだその結果 愛も知恵も勇気も

そして言葉もお金も信用も身につけた旦那さんが 生まれたのである

すてきな旦那さんになりたい! 旦那さんは人生の夢であり 気力の源であり

それが世間の活力であった

旦那さんは与えることで ありがとうの創造出来る存在であった ありがとうの

花咲爺さんであった ありがとうの感動が 心をあふれさせ 世間をうるおしてくれた

旦那さんは美しい想い、こと、もの、そして美しい人を求める存在であった

求めに応じて 美しい文化 美しい作品が生まれ そして美しい人が生まれて

美しい世間が創造された

旦那さんは嬉しいこと 楽しいこと わくわくすることを創造する存在であった

嬉しいプレゼント 楽しいパーティー わくわくする祭りなど 感動あふれる世間を

創造してくれた

旦那さんは自然を育て 人を育てる 存在であった 育てる喜びを知り自由と調和の

あふれる 世間を創造してくれた

いま 物があふれているけれど 心があふれてこないのは 何故だろうか

血税による商品券大量プレゼントにかかわらず ありがとうの声が聞こえて来ないのは

淋しい

血の通い難い大組織によるプレゼントに ありがとうは生まれないのであろうか

旦那の役割は 行政の手から血の通っている旦那の手に 回帰すべき時が来ているのでは

ないだろうか

自由な心の時代には 人に応じ 時に応じ 所に応じたほど良いサービスを

行政組織に期待することに 無理があるようです

愛と知恵と勇気を磨いて長者となった旦那さんの他に 調整役をゆだねられる存在が

あるのでしょうか

旦那さんは自然に生まれます 自然に生まれる旦那さんを生まれないようにしている

規制があるから 旦那さんがいなくなったのです

その規制は累進課税です 累進課税が主人への夢を砕き旦那さんへの道を

閉ざしているのです

蓄福が出来れば 分福や植福の役割を担う旦那さんに育つことは 

木に花が咲き実が稔るように自然の成り行きです

心の時代のリーダーは 旦那さんに決まりです 旦那さんの創造を 

いまこそ合意し一日も早くたくさんの旦那さんが誕生できるよう行動を開始しましょう

1999年6月11日
竹 田 和 平