8 月
11
2007
大きいことは いいことだ
高度経済成長の波乗りは わくわくでした
名古屋工場も 建屋でいっぱいになりました
30歳の時 美濃に10,000坪の土地を買い
工場を建て ころちゃんカステラを発売しました
32歳の時 犬山に12,000坪の土地を買い
長さ180mの工場を建て ボーロと麦ふぁ~の
生産合理化を完成しました
年率40%から70%に及ぶ売上成長が
7年間に亘り続き 永久的に成長するかと思いました
年1億円の経益達成で 自信にあふれていました
波高ければ 谷深し
業界あげての大量生産は 深刻な価格下降を招き
倒産企業も相次ぎましたが 売上を犠牲にしても
価格は下げない方針で 過当競争を避けて 助かりました
わくわくは消え去り 平穏が待っていました
8 月
10
2007
成功したことは 場所を変えても成功する確率は高い
25歳の時 名古屋の菓業も受け継ぎました
札幌で成功を収めた製品をアレンジした ミルクサンドが
過当競争で疲弊した竹田製菓を 甦らせました
世の大変化は 大きなチャンスです
オートメーション化の波が 押し寄せていました
独自の ボーロオートメーション化を目指し
27歳の時 社運を賭けて 新工場を建設し 波に乗りました
札幌も名古屋も余資あり 株式投資の金もあり
資金は調達出来ました
流通革命の波も 押し寄せました
商品の姿を変え 合理的な価格方針を貫くことで
波に乗りました
ありがとう ありがとう すべてを受容しての
新しい波乗りは とてもわくわくでした
8 月
09
2007
粋な言葉で 智徳を乱れ咲かす人生に あこがれますね
ありがとう百万遍唱行に身を入れ 幸せ咲かす人生は
やれば出来ますよね
世のため 人のため 自己のため 励もうね
さあ 第7題を発します
「粋と氣や 如何」
粋とは 光る卆の意です
徳を光らせる 粋人になりましょう
徳川の世では 粋と道を究める文化に 氣を出しました
あなたは どのような粋に 氣があふれ出ますか
貯徳に生きることに 勇氣を出して
徳を光らせる 粋人になろうね
貯徳の世を開きましょう
8 月
06
2007
「言葉と智徳や 如何」について
和平のまごころ思案です
はじめに言葉ありき 言葉は神と共にあった
言葉ありて 人間あり 神(無私)の愛ありて 智徳あり
人生は ためして合点 楽しいですね
智徳の言葉が交わされた 一昨日の貯徳師会は
福が寄る 寄る 福が寄る とても楽しく 合点の集いでした
第4回は800名以上の講生さんで 貯徳問答することが
智徳わくわく 決定されました
言葉が文字を得て 現代文明がつくられました
みんなの言葉や文字が 光のエネルギーを得て
未来文明を開こうとしています
智徳を磨くことなくして 明日の世はありません
世のため 人のため 天とわくわくありがとうの道
共に歩んで参りましょう
智徳の言葉 愛して下さる みなさん ありがとう
8 月
05
2007
雨もよし 風もよし 暑さもよし 問答さらによし
わくわくの一念で生きるとき
天の法が 常に楽しい性であると
古代から伝えていますので ご紹介します
慶喜一念相応後 即証法性之常楽
天は成長のため 試練を与えてくれます
鬼を福に 苦難を楽しみに 変えてゆく
喜びは格別ですね
さあ6題を発します
「言葉と智徳 如何」
助けたり 助けられたりの世の中で
もっと もっと 助けたいと願って 言論を交していると
智徳がひらめき 勇氣が湧き 行動が起こり
感謝が生れ 喜びが生まれ 智徳が発達して来ます
ありがたい天の法ですね
貯徳問答講HPの「はじめに言葉ありき」もご参照下さい
氣立ちのいい粋な智徳問答を 願っています
8 月
04
2007
お客様に喜ばれる商品しか売れません
「事業は顧客の為にあり」と大書して
部屋に貼り 自我を戒めました
寒地では サッパリ風味より
コッテリ風味が好まれることを知り
パインサンドのヒット商品を 生み出しました
菓業は 働きたい職場でした
若い娘さん達が集まり けなげにいそしむ姿は感動的でした
仕事に遊びに 北の大地を駆け回りました
寒地には心の温かい人達ばかり 住んでいるようです
とてもわくわくの毎日でした
初めてのチャレンジが成功したことで 一番大きな収穫は
事業は容易なり の自信を得たことです
8 月
03
2007
まごころのわくわくが燃える時 天祐があります
海を渡ってはじめて立った 北の大地には
創業と運営に必要なサービスを
ジャストインタイムで提供して下さる
たくさんのソウルメイトが待っていたのです
最初に訪問した 大手の問屋さんが
すべてのガイド役を 見事に演じてくれました
土地権利金も貸して下さった 優しい地主さんとの出会い
工場建設の夢を いっしょに懸命に努力して下さった 大工さん
無担保 無保証の融資に応じて下さった 支店長さん
原料を ある時払いの条件で供給して下さった 商店主さん
試食販売を成功させて下さった 小売店主さん
現金支払いの条件で買って下さった 多くの問屋さん
業界情報を知らせ PRして下さった業界紙さん
わくわくの光から 必要なソウルメイトと必然的に出会い
わくわく協力して下さったおかげで
札幌のチャレンジは とても楽しい体験でした
8 月
02
2007
若者達へ 若い頃のチャレンジを語って欲しいと
雑誌やDVDの申込みがあり これも天のささやきかなと想い
和平のチャレンジ回想を 綴って見ようと思いました
1955年22歳で独立し 見知らぬ北の大地を選び
札幌で創業したのが 最初のチャレンジでした
菓業を修業して6年間 製菓 営業 経理の技術を
自負出来るまでに習得した結果
見知らぬ市場で 自己能力を試したい
止むに止まれぬ情熱にうかされて
あたかも 鳥の巣立ちの如く 札幌へ旅立ったのです
当時 本州産のお菓子が 大量に北海道に運ばれていました
それを現地生産すれば 発展できると 長期目標の下
まず 自己技術の焼菓子ボーロからの出発でした
生命を賭けた大冒険を前に 心は熱く燃え 全身がピリッと
引締る快感がありました