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7月, 2006

7月 31 2006

始めにことばありき3 『電波をもつ』


ことばを語り始めて 人となり

ことばが文字を得て 人間となり

ことばが電波を得て 神となるのかも。

チャップリンの『独裁者』を観ました。

スピーカーから叫ぶ 独裁者のことばは

良心を魔心に変える 恐ろしいパワーがありました。

独裁者は 神ではなく悪魔でした。

もしことばが電波をもたなければ 大戦は無かったのかも・・・。

ラジオから 陛下の沈痛なことばが流れると

大戦争がピタリと止みました。

一億人の絶望が一億人の希望に 瞬時に転換したのです。

電波に乗った陛下のおことばは まさに神力でした。

ことばは電波を得て 神力を得たようです。

貯徳のことばは 天国行です。

背徳のことばは 地獄行です。

ありがとう100万遍で 貯徳満萬ですね。

ありがとう。

7月 30 2006

始めにことばありき2 『文字をもつ』


ことばを話し始めて 人となりました。

文字を書き始めて 人間になったのかも。

人と人とが調和出来て 人間になるのですから・・・。

おしゃべりして遊んでいたら 象形文字の原形が

絵の天才によって生まれたのかも。

あとから来る人に道を示したくてとか

遠くに住む人に思いを伝えたいとか

熱い願いから文字が生まれ育ち 共有されたのでしょう。

文字は時間をまたぎ 空間を行き交う

ことばに次ぐ 人の大発明となりました。

文字は発展の原素となり 思いも寄らなかった人間の夢を

次々と叶えてゆきました。

文字から思想が生まれ 法が生まれ 律が生まれました。

文字から都が生まれ 車が生まれ 美術が生まれました。

文字から学問が生まれ 科学が生まれ 産業が生まれました。

文字は 文化や文明の生みの母であり続けています。

貯徳あるとき 文字は元氣です。

貯徳満萬の一日一言に 文字は踊ります。

人間の母なる文字さん、ありがとう。

7月 29 2006

始めにことばありき1 『ことば』


『始めにことばありき』

何と聖なるひびきだろう。

猿から人になれたのは ことばを知ったからと聖書は示している。

火かも、石器かもの説もあるけれど

ことばが無くては むずかしくて使えないかも。

槍や弓など石器でつくり 強い動物と戦い

夜は火で身を守り合うには ことばが無くては勝てないかも。

ことばは 使えば使うほど成長する。

その成長が 人間を成長させたのでしょう。

オードリーの『マイフェアレディ』を観ました。

ことばで人間の品性が決まると訴えている映画です。

ことばが人を成長させること 確かです。

美しいことばが美しい人をつくり 美しい世をつくる

コリャ ほんとだね。信じ込まなくちゃ。

一日一言ブログを始めたら ありがたいご褒美が返って来る。

嬉しいね 楽しいね ありがとう。

7月 28 2006

根のある暮し7 『山村で生きようよ』


貯徳山荘の好地を求めて 久しぶりに懐かしの山村を訪ねました。

思い出がいっぱい詰った 鎮守の森に立った親友は

「お祭りも出来ん村になってしもうた。もう来てもあかんよ。」

と淋しそうにつぶやきました。

暮らした家も跡形もなく 廃屋が立ち並び

人の住む家にも若者の気配はなく

通っていた小学校も消え失せていました。

ホタルの舞った川も 魚を手づかみにした谷川も

コンクリートで固められ 無用の道が山肌を痛め

傷を負った自然の悲しみが伝わり 涙がこぼれました。

商工業化の波に呑まれ 懐かしい村の名も新しい町名がつけられ

農政もむなしく 村の自立の根を枯らしていました。

されど大和心の根は 山村の自然に息づいています。

ITの世は 人が密集して暮らさなくても世界とつながり

新しい文化を創造 発信出来る世です。

世を拓く若者よ 山村で生きようよ。

美しい緑と清き山川に囲まれての暮し おすすめです。

大和心の根を養いましょう。世のため人のために・・・。

「石見銀山四季暮らし ものづくり」に感謝します。

ありがとう。

7月 27 2006

根のある暮し6 『信仰』


『南無阿弥陀仏を唱ふれば

 十方無量の諸仏は 百重千重囲繞して

 喜び守り給ふなり』

親鸞聖人の信念が 山村に根づき息ついていました。

いたるところに念仏碑が建てられていました。

念仏の祭壇は どこの家にも整えられ

朝と夕べの念仏行は習慣となっていました。

念仏行が根を下ろし

『おかげでのォ~』

『もったいないのォ~』

『ありがたいのォ~』

のことばが芽生え 幸せを咲かせていたのです。

冬の夜は 村のどこかで感謝講が催され

老も若きも集まって 

「おかげでのォ~」

「ありがたいのォ~」

と幸せを喜び合っていました。

念仏の合唱を終えると お坊さんの念仏を交えた楽しい物語りがあり

念仏と喜びが沸き起るのでした。

『幸せは感謝に生ず』の信念の根は たゆまず磨かれていたのです。

天に感謝する念仏行も 天に感謝するありがとう100万遍行も

同じ意味の行です。

『信念は習慣から生ず』

親鸞聖人にありがとうを3,000回捧げます。

7月 26 2006

根のある暮し5 『友情』


『少年よ 稚氣を去れ!』

福井のの生んだ 幕末の偉人のことばが

山村に根づいていました。

村人は子供を子供として接せず

近く一人前になる大人として接していたのです。

仕事に励む子供達の 一生懸命さにびっくりしました。

私も負けてはいられません。仕事を手伝っていると

「坊は偉いのォ」

とみんなからほめられるので元気が出て

働くことの喜びを すぐに覚えました。

高い山から雄大な景色が眺められる 炭焼の手伝いはとても愉快でした。

炭切りの名人やとほめられ すぐに上達しました。

炭俵を背負って 同年の友と険しい山路を降りているとき

私の足がわなわなと震えだし 歩けなくなりました。

後ろにいた友は 私の炭俵を重ねて背負い

確かな足取りで降りてゆくのです。

「何と偉大な友だろう。」

情けなく跡を追いながら 感激していました。

村の休日は月2日でした。

休日の村の開放感がたまらなく嬉しく

朝から晩まで夢中で遊ぶ中で 個性の輝きのすばらしさ

人が交ることの豊かさを知りました。

当時の友は60年の歳月を経て 今も尚親友です。

根のある友情に ありがとうを捧げます。

7月 25 2006

根のある暮し4 『自然の感動』


先祖の眠る山村は 私も過去世で暮したのかもと思わせる

懐かしみのある天地でした。

春の山肌は 杉の枯葉をお尻に敷いて

すべり下りる快感で夢中にさせ 温かく包んでくれました。

そして水々しく芽吹く 可愛い山菜や野イチゴを摘ませ

新鮮な山の息吹きを 味わせてくれました。

緑の中を縫う清流は 小魚を手づかみにするスリルや

あふれるように光り舞うホタルで 歓喜させてくれました。

紅葉の山中に分け入り 長芋のつるから根を探り

掘り下げてゆくドキドキは格別でした。

そして 甘~いあけびの実を発見したときの歓声は

山にこだましました。

雪国の冬は 囲炉裏の季節でした。

雪に凍えた手足を 囲炉裏の火は蘇らせてくれました。

雪に冷えた体を 熱い雑炊や甘酒で温めてくれました。

訪れたり 訪れられたり お付き合いの喜びを

囲炉裏の火は照らしてくれました。

スキーで雪の山野を駆ける冒険は わくわくドキドキでした。

雪の間を流れる清流に見た ねこやなぎのふくらみは

生涯の自然への道しるべとなりました。

根のある暮しは 自然に感動する暮しです。

風流をありがとう。


7月 24 2006

根のある暮し3 『山村の恩師』


疎開した福井の山村は 父のふる里でした。

孫の帰郷は村中に知れ渡り とても可愛がられました。

学校で 生涯の先生に出会いました。

「坊の父さんは よう出来た子じゃった」

と言われ びっくりしました。

叱られたとき 私の頭を両手ではさみ込み

「しょうももえもない坊や~!」

と叫びながら 頭を先生の大きな胸にぼんぼんとぶつけるのです。

ようやく止んだので見上げると 先生の目に涙が光っていました。

ほめられたとき

「先生が孔子なら 竹田は顔回や!」

と授業中に叫ばれました。

孔子の大好きな先生からのことばで 私は顔回が大好きになりました。

卒業のとき 勉強しない私に『オール優』の びっくりする通信簿を下さり

生涯の勇氣を贈って下さいました。

「村はずれの藤村碑にあいさつすると

 ぐらぐら動いて 喜んで下さるのじゃ」

と本氣で話された 先生からいただいた感動の数々。

今 私の心根から 貯徳満萬の芽を吹出させています。

「根のある感動こそ教育だよ」

天から先生が ささやいています。

たくさんの感動 先生ありがとう。

7月 23 2006

根のある暮し2 『美しきことば』


石見銀山のことから 福井の山村体験を想い出しました。

11歳のとき 車も入ったことのない神秘の山村へ

山また山を越えて 疎開しました。

八幡神社の森を囲んだ 静かな村のたたずまいは

古来そのままの自給自足の暮しでした。

そこでは 金銭を見ることなく暮していました。

助けたり助けられたり ほめたりほめられたり

楽しく働き 楽しく集い

「もったいないのォ~」

「おかげでのォ~」

「ありがたいのォ~」

と喜びを交し合って 暮していました。

物の貧しさを知らず 自然が根づいた心が 美しいことばで心を結び

若者の眼も お役に立つことの喜びに輝いていました。

根のある暮しを みんなで創造していたのです。

現在は 根のない情報が 洪水のように流れ

このままでは 大切な根が押し流されてしまいます。

不幸なニュースやコワイ解説には 根がありません。

スイッチをOFFしましょう。

幸せの根が育つ 美しい情報にはONしましょう。

マスコミのみなさん、幸せを生む 根のある情報をお願いします。

みんなが望んでいるのですから・・・。

「もったいないのォ~」

「おかげでのォ~」

「ありがたいのォ~」

美しいことばに ありがとう。


7月 22 2006

根のある暮し1 『石見銀山大森町』


「根のある暮しは 花を咲かせ 実を結び そして種を落とします。

石見銀山大森町 ここが私達の根っ子です。」

高度成長にたぎり立つ 1970年代のあるとき

都会の大学は出たけれど ふるさとの暮しが恋しい青年と

自然の中でモノをつくり 個性を表現したい娘さんが

必然的に結ばれました。

その響き合う絆から ふるさと文化を創造し

ふるさとを活性化し モノを通して個性豊かな暮し情報を

発信し続けていられること 感動です!

その感動は『ガイヤの夜明け』でも紹介されましたが

このたび出版された『石見銀山四季暮らし ものづくり』からも

強烈に伝わって来ます。大切にしたい本です。

夫婦が手を取り合って仕事すれば 楽しいですよ。

楽しさが楽しさを呼んで 喜びあふれる創造が現れますよ。

自然に愛され 自由に生きる喜びを 美しく優しく語りかけてくる本です。

根のある暮しの花が咲き おめでとう。

勇氣をありがとう。


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